こんにちは、Georgeです😊

 

今日は、私が中学、高校時代に、どんな英語の先生に習ってきたのか、いわば、私の「恩師」についてです。

 

 

思い起こせば、アルファベットの書き方や発音から始まり、ある程度の長文を読解できるまで、一人ひとりの生徒を育て上げるというのは、生半可なことではできないものですよね✨

 

感謝の念を捧げつつ、思い出話を披露したいと思います。

 

 

 

中学時代

 

中学校の3年間、どんな先生に英語を習ったのか、実はよく覚えていないんです(-_-;) 

 

次のお二人に1~2年生の時に教わったことは間違いないのですが、どっちが1年生の時だったか、あやふやです💦

 

そして、3年生の時の英語の先生が誰だったか、全く覚えていない(汗) 

 

 

先生、ゴメンナサイ!😅

 

 

 

◆Ac先生

 

たぶん、1年生の時に英語を教えてくれたのはAc先生でした。

 

元気溢れる女性で、基本のキからしっかりと丁寧に教えてくれていた記憶があります☀️

 

 

また、英語の発音は、結構きれいでした。

 

鮮明に覚えているのは、この先生が教材としてThe Beatlesの”And I love her”を使ったことです。

 

カセットテープで歌を聴かせてくれて、歌詞の解釈を簡単にしつつ、最終的には歌を一緒に歌ったことを覚えています🎵

 

 

ただ、この歌の歌詞は全体としてとても詩的で、また、文法的に

 

And if I saw my love, you’d love her, too. という、仮定法が使われていたり、

 

Bright are the stars that shine, Dark is the sky.という、

 

倒置法+関係代名詞の構文だったりで、中学1年生には難しすぎたものでした。

 

 

言うまでもなく、Ac先生の個人的な趣味でこの歌を選んだんだと思いますが、選曲、間違えていましたよ!😆

 

 

 

◆As先生

 

これまでのジャーナルでA先生として何度か登場してもらっていた方です😄

 

 

今回、Ac先生にも登場いただいたので、As先生と呼ぶことにします。

 

 

 As先生の何よりの特徴は、日本人の中学生にはとても理解しやすい英語を教えようとしていたことです🌎

 

「Wednesdayはウェドゥネスデーと覚えるのよ」「9月~12月は『損だ』(Sept, Oct, Nov, Decの頭文字SONDから)」など、印象に残る(!)教授法でした。

 

 

また、Sad, Beautiful, Tragicのジャーナルで書きました(反駁しました)が、発音記号/æ/を「いやらしい/æ/」と、とても強調していたことを覚えています。

 

 

英語ネィティブからは程遠い英語教授法でした🙌

 

 

果たしてこの先生の教授法がいいのかどうか、正直よくわかりません。

 

ただ、しっかり記憶に残ってしまっていることは事実です😊

 

 

 

 

高校時代

 

私の高校時代、英語教科はリーディング・英作文・英文法の3つに分かれていて、基本的には教科ごとに違う先生だったと記憶しています。

 

 

このため、何年の時に誰がどの教科を担当してくださったのか、全く覚えていません☺️

 

 

そんな中で覚えている先生方4名に登場してもらいます。

 

 

 

◆U先生

 

とにかく、見事なほどのカタカナ英語発音をする男性の教師でした👀

 

 

実は、教科関係で覚えているのは、今の1文だけなんです。

 

U先生、本当にごめんなさい。

 

 

なお、日頃はお茶目で、授業中も冗談を言う中年男性の先生でしたが、怒ると怖い人でした。

 

 

話は脱線しますが、3年生の時の学園祭で、私のクラスではどっきりカメラ(英語だとcandid camera)の映画を製作・上映しました🎥

 

その中のワンシーンでU先生にも協力してもらい「逆どっきり」を生徒に仕掛けることにしました。

 

 

具体的には次のようなシナリオでした

 

 

① U先生が授業の開始に合わせて教室に入ってくる

 

② クラス全員が後ろ向きに座っていて、先生が教壇に立ったら、学級委員の号令で、全員が後ろ向きに起立・礼をする

 

③ U先生は、怒って退室する

 

④ 生徒は「どうしよう!本当に怒っちゃったよ」と動揺

 

⑤ 5分後、「どっきりカメラ」の看板を手に持ったU先生が、ニコヤカに戻ってくる

 

 

私は映画を作る方のメンバーだったので心の中でニヤニヤしていただけなのですが、U先生の迫真の演技(!)で、本当に動揺していたクラスメートが何人もいました。

 

U先生、改めて、教科のことでは発音がカタカナ英語だったことしか覚えていなかったのに、どっきりカメラで再登場した時のにこやかな笑顔は鮮明に覚えていたこと、ゴメンナサイ🙇‍♂️

 

 

でも、これは、生徒から愛されていた証拠ですよ!😊

 

 

 

◆K先生

 

U先生と対照的で、とっても発音がきれいな(中高6年間教わった中で、一番!)先生でした✨

 

 

私が高校1年生の時に新卒で教師になったばかりの女性教諭でした。

 

とにかく、一生懸命に教えてくれたいた記憶があります 🔥

 

 

U先生は、もう教え慣れていて、貫禄というか、使い古されたノートを読む、みたいな感じでしたが、K先生は「どのように教えたら生徒が理解してくれるんだろうか」と、悩みながらの授業だった印象があります。

 

 

どんな先生になったのかなぁ?🤔

 

 

あの先生はAs先生みたいな教え方は絶対にしないだろうし。

 

あの頃は弱々しい感じだったけど、Ac先生のように元気溌剌、少々のことには動じないような先生になったんだろうなぁ。

 

 

妄想が広がってしまいました💭

 

 

 

◆M先生

 

M先生に直接教わったことはないんです。

 

あごひげを蓄えたこわもての先生で、近寄りがたい雰囲気を醸し出していました。

 

 

ある日、英文法のことがわからず、英語教官室に行ったんです✏️

 

 

知っている先生はいないかな?と覗いたところM先生しかいなかったので、引き返そうかなと思ったら、ドアが開いて、「何か質問?」と部屋に招き入れてくれて、説明してくれました。

 

ものすごくわかりやすく教えてくれたので、「おぅ、凄い!」と感動した、そうした思い出でした。

 

 

見てくれで人を判断してはいけないとも教えてくれた先生です😊

 

 

 

◆S先生

 

アメリカの学校では9月から翌年の6月までが1学年です📖

 

このため、日本人が留学する場合、1学期の途中(7月半ば)に渡米して、1年後の2学期に、一つ下の学年に編入するような形になります。

 

 

私がAFSで留学したのは3年生だったので、1年後に戻ってきた時には、同級生は既に卒業していて、一つ下の学年の生徒が2~3学期の間だけ新たな同級生になりました。

 

 

S先生は、その2学期間の担任教師です。

 

 

担当教科は英語でしたが、これまた、教科についての記憶は全くありません。

 

 

ただ、ワイシャツの袖を捲り上げ、サンダル履き姿で額の汗を拭いながら授業を行っていた雄姿(!)のみ覚えています。

 

 

今、思うと、S先生にとって私は扱いにくい生徒だったのではと思っています⚠️

 

留学して鼻高々みたいな感じで帰国した生徒ですからね。

 

でも、この2学期間、とても楽しかったです。

 

 

ありがとうございました!😊

 

 

 

 

終わりに

 

中学生、高校生にとって、教師と言う存在は多かれ少なかれ「尊敬」「畏敬」「あこがれ」だけでなく、「嘲り」も含めたいろいろな念や感情が入り混じった存在だと思います。

 

 

思い返すと、いろいろな先生に習ってきたんだなぁと感慨深くなりました☺️

 

 

いずれも「理想の教師」ではなかったかもしれないですが、どの先生も一生懸命だったなぁと素直に思います。

 

残念ながら、日本では、高校までは科目の選択もほとんどなく、生徒が教師を選ぶことはできません💧

 

 

そんな中、先生方からは少しでもいいところを吸収して、また、わからないところは授業時間中でも休憩時間でも、積極的に質問して仲良くなってくださいね。

 

 

先生方は忙しくても生徒からの質問は歓迎のはずだし、教える喜びを感じてくださると思います😊

 

 

 

 

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